編成推移


昭和56年

1次車(第01編成〜第05編成までは8両編成、第6編成のみ6両編成)が投入され、これが初めての8000系となる。

なお、全車両が出揃うまでの一時期は他の編成の中間車を一部に組み込むなどし、極力8両編成となるように組み換えを行いながら運用された。

昭和57年

半蔵門延伸時に2次車(第06編成の中間車2両と第07編成〜第09編成の先頭中間8両)が投入され、全車が8両編成となる。

昭和62年

3次車として第15編成〜第19編成の中間車各2両が製造され、この時点では第03・04・06・07・08編成の中間に組み込まれ一時的に10両編成となり運用された。

併せて第12編成〜第14編成が既に10両編成で製造されているが、この時点では一時的に東西線に貸し出され運用されていた。

平成元年

三越前延伸時に4次車(第08編成・第09編成の中間車各2両…この時点では別編成へ組み込み/第11編成10両/第15編成〜第19編成の先頭中間各8両)が投入された。

これに併せて一時的に東西線で使用されていた3次車(第12編成〜第14編成)が移籍、別編成に組み込まれていた第15編成〜第19編成の中間車がこの4次車の中間へ組み込まれ10両編成となる。

平成2年

水天宮前延伸時に5次車10両が投入される。

平成6年〜

8両編成で残っていた第01編成〜第07編成の中間車各2両が投入され、全車が10両編成となる。

これにより正規の編成状態となり、現在もこの編成形態で運用されている。